あの人と出会ったから、あの本を読んだから、あの土地に行ったから、自分の人生が変わったと思うことはないだろうか。
私は最近、ちょくちょくそう思うことがある。
もっと遡って考えると、母が父に出会わなかったら私は産まれていない。さらに遡ると、祖母が祖父と出会わなかったとしても産まれていない。
母が父に出会うためには、その他の出会いと別れがあったはずで、そのどれか一つでも違えば、母の人生は変わっていて、もちろん「私」という今と同じ人間は産まれていない。
そうやって考えていくと、一人の人間が産まれて「自分」になることがなんだか不思議に思えたり、奇跡的なことのように感じたりする。
特に社会人になってからの人との出会いは大きい。
子どもの頃の出会いは、学校で出会った友達や、親関連の知り合いだったり親戚だったり、出会うことが自分の意思ではなく、出会うようになっているというか。
自分のその後の人生に作用するというより、それからの自分を作る土台のような、それはそれで大切ではあるけれど、その後の自分を形成するのに直結して影響するのは、自分で人生を歩き出し、自分で作っていかなければならなくなった頃からの出会いなのではないかと感じる。
私が高校を卒業して、実家を出て、働き出した頃。恋愛体質だった私は男性との出会いと別れを繰り返していた。逆に同性との出会いといえば、職場の人ぐらいしかなくて、職場が変われば関係も終わるような感じだった。
私が23歳ぐらいに付き合っていた男性が住んでいた土地である札幌に移り住んだ頃、束縛の激しかったそのときの彼は、なかなか私が働きに出ることを許してくれなかったが、田舎から札幌に来て、友達もいないし、何より暇だった。彼しかいない生活が息苦しくて自分のコミュニティが欲しかった。
そして家の近くのスーパーのレジで働くことを許してもらって、パートで働き始めた。
元々、地元でも接客業を好んでやっていたので、レジ打ちのパートはとにかく楽しかった。
常連さんとかがどんなに列が長くても私のところに並んでくれたり、毎日買い物に来て、いつも私のところに並んでくれるおばあちゃんが自分の分の小さいビールと一緒に500mlのビールを一緒に買って、「仕事終わったら飲みなさい」と、毎回くれたりして。
田舎から出てきて、働かずに家にいたときは、札幌にいる自分に違和感があったが、働きだしてから少しずつそれが薄れていくようで嬉しかった。
そのスーパーで働きだして数か月が経ったころ、一人の女性が仲間になった。
Kちゃん。レジ打ちがすごく早くて、とにかく面倒見がいい人だった。
私より10歳ぐらい上だったKちゃんは、入ってすぐにみんなと打ち解けてあっという間に私たちの中心的な存在になった。
みんなKちゃんを頼って、いつも真ん中にいたKちゃんは、なぜか私を気にしてくれた。
最初から私のことをあだ名で呼び、私の昼ご飯を見て栄養が足りないと感じれば、自分のお弁当のおかずをくれたり、わたしのだらしないところとかを叱ってくれた。
Kちゃんに叱られても私はイラっとするどころか、嬉しいと思えた。
亡くなった母にKちゃんは似ていた。髪型とか体形とか、なによりなんとなくの空気感が。
そして、そのスーパーで新しい男性との出会いがあり、私が札幌に出てくるきっかけになった彼と別れることになった。
そのスーパーで出会った男性は私より20歳以上も歳が離れていて、バツイチ。別れた元妻との間に2人の子供がいてその上の子と私は同い年。そしてその人はギャンブル依存症だった。
毎日仕事が終わるとパチンコ屋に行って、休みの日は開店から閉店までパチンコ屋にいる人だった。別れた奥さんも同じで、元ダンナであるその男性の職場に帰りの交通費をせびりに来たりしていた。
ファザコンだった私はその人に父を重ねたのかもしれない。
父もギャンブルにのめり込んで、「俺はパチプロになる!」と言って堂々と仕事を辞めてくる人だったのだ。
そんな人に夢中になった私は、そのときの彼と別れてそのギャンブラー親父と付き合うことになった。
すぐに一緒に暮らそうとしていたところをKちゃんはもちろん反対した。
「絶対に賛成はできないけど、百歩ゆずって付き合うのはあんたが好きならしょうがない。でも一緒に暮らすのはちょっと待ちなさい。しばらく私の家で暮らして冷静に考えて、それでも一緒に暮らしたい、やっていけると思うならそのときに行きなさい。」と旦那さんと子供が二人いる一家に私を迎え入れてくれた。
ギャンブラー親父が暮らしているごみ屋敷状態の部屋を少しずつ片付けて、一か月ぐらいでKちゃんの家から引っ越した。
周囲の予想通り、半年ほどで他に好きな人ができて、さらに引っ越し、Kちゃんと一緒に働いていたスーパーも辞めた。
Kちゃんともそのまま疎遠になった。あんなに気にかけてくれて、可愛がってくれたが、面倒見のいい優しいKちゃんでも私に呆れたのだと思う。
その後もたくさんの出会いと別れを経て、今の私が出来上がるのに最大の影響力を持っている夫と出会った。
33歳の頃に勤めていた職場の後輩の紹介で出会った。
いわゆる合コン。夫の第一印象は「こんなにいろんなところに気を使って疲れるだろうな。」だった。飲み物がなくなった人がいればすぐに気づくし、話しに入れなくて退屈そうにしてる人を見つけると、こっそり話しかけて話しの輪にさりげなく入れて、酒が深くなってちょっともめてる人を見ると、うまくなだめて機嫌をとる。それをとても自然に慣れた感じでやっているのを見て、「この人、疲れるだろうな。」と思った。
ほどなく交際が始まって、私の父のことを誰よりも現実的に、真剣に考えてくれた。結婚を考えるときに一番の問題だったのが父の存在であることを夫は私が言わなくても気づいていた。
弁護士のところに連れて行ってくれたり、毎週私の地元まで一緒に行ってくれて父の買い物に付き合ってくれたりした。それまで周囲の人からは父の事を話すと、「ほっとくしかないんじゃない。」か、「どんな人でも親なんだから大事にしてあげなさい。」の2パターンしか言われなかったのに、夫はそのどちらでもなく、「俺はあなたが幸せになることしか考えてない。そのためにあなたのお父さんに嫌われるのは全く気にならないし、どうでもいい。」と言った。
そして、父との関係にきちんと区切りをつけて、私たちは結婚した。
それからの私は夫の影響を多大に受けて今の「私」になった。
夫と出会っていなかったら、全く別人の「私」だったと思うぐらいの影響力だと思う。
夫と出会っていなかった自分がどんな「私」なのかはわからないが、少なくとも私は夫と出会えた今の「私」で良かったと思える。
控えめに言ってもめんどくさい人間だという自覚はある。時にはどうしようもないことをグダグダ悩むことだってある。でも、良くも悪くも想像力がついたのはきっと成長だ。

そして、今も仕事やプライベートで多くはないが出会いはある。
その出会いの一つ一つがこれからの自分の一部なのだと思う。
今までお世話になった人たちや、付き合ってきた男性たちは今の私を作った一部。そう考えたらそのどの出会いも今の自分にとってなくてはならない出会いだったのだ。
今、わたしの周りにいてくれる人たちやこれから出会う人たちも同じ。
そして、いつか私も誰かに「出会えて良かった」と思われる人間になりたい。
お金持ちじゃなくても、有名じゃなくても、私に出会えて良かったと思ってもらえる人間になれたら…。おこがましいかもしれないが、そう思う。

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