神様の裏の顔
あなたは「この人ってこんなところあったんだ」とか「こんな人だと思わなかった」などと感じたことはないだろうか。
今回ご紹介するのは、そんな「人の表裏の顔」のお話。
古本屋さんでたまたま「おもしろそう」と手に取った、今まで読んだことがなかった著者の小説だが、読む手が止まらなくなるほどテンポがよく、あまり小説を読むことが得意でない人や、これから本を読んでみようと思っている人にもおすすめできる一冊だ。

神様のような清廉潔白な教師であり、最愛の父であり、素晴らしい先輩であり、多くの人に愛され、誰からも信頼されている人物が亡くなるところから始まる本作は、元お笑い芸人という経歴を持つ藤崎翔のデビュー作である。
この作品で著者は横溝正史ミステリ大賞を受賞している。
お葬式を舞台に、亡くなった「神様」のような教師の裏の顔が次々と暴かれていくブラックユーモアあふれるミステリー。
今回はこの作品を紹介しながら、この作品の魅力を紐解いてみたい。この作品は、誰からも愛され「神様」と慕われた元教師、坪井誠造のお葬式に参列した、7人の人物の語りによって物語が進んでいく。
坪井氏の2人の娘である晴美と友美、坪井氏の教え子で現在スーパーの店長をしていて晴美の高校の同級生でもある斎木、坪井氏の元同僚の体育教師である根岸、坪井家の隣家に住む主婦の香村、坪井氏の教え子で、坪井家の敷地内のアパートに暮らすギャルの鮎川、鮎川と同じアパートに暮らす売れない若手芸人の寺島。
この7人の参列者が胸の内を語り始めると、誰もが知る「神様のような顔」とは全く別の凶悪な犯罪者像が浮かび上がってくる。
それぞれの証言をつなぎ合わせると、坪井氏が過去の様々な事件の真犯人であるかのように思えてくる。やがて緊迫した推理合戦が繰り広げられるが、のちにその疑惑が一つずつ覆されていく。
「やっぱり彼は善人だったのだ」と安心した矢先、物語は予想外の展開を迎え、すべての真犯人の正体が明らかになる。
元お笑い芸人である著者ならではのコミカルなテンポと、背筋が凍るようなミステリーが見事に融合した作品だ。
物語は一人称の語り手が次々とバトンタッチしていく形で進んでいく。
幕開けは通夜のシーン。大勢の弔問客が涙を流している。
序盤戦は7人の登場人物が「神様」との思い出を回想するのだが、そのことが引き金となってそれぞれが自身の半生を振り返ることにもなっている。
7人のさまざまな人生を見事に描き分けていて、その語りの中に、本人にとっては悲劇であるような出来事を、読み手がつい笑ってしまうような喜劇として描いているところは著者の経歴の賜物である。
後半戦は全員が集合して議論するシーン。
「実は」というそれぞれのお話がテンポよく進み、「でも」が重なっていき、結論が出たかと思ったらまさかの「真実」が待っている。

本作を読み終わるまで、著者の経歴を知らずに読んでいたのだが、絶妙なユーモアと読みやすいテンポに、「だから、芸人さんが本を書くとおもしろいのか」と読後に納得してしまった。
近年も、又吉直樹さんや、オードリーの若林さんなど、芸人さんが小説を書いて、大きな賞を取ったりしているが、やっぱりユーモアのセンスや物語の構成を作ることに長けているのではないだろうか。
誰からも愛される人物も「神様」ではない。
人には見せない「裏の顔」があったり、誰にも言えない秘密があるだろう。
特に信頼している人が亡くなって、お通夜や葬式の場面であれば、故人との良い思い出ばかりが蘇ってくるものではないだろうか。
あるいは殺人事件のニュースでも、よくその犯人についてインタビューを受けている人は「優しくていい人」「とてもそんなことをするようには見えなかった」という話しが多い。
人は見かけによらない。人を見かけで判断してはいけない。
そんなことを思い知る経験をしたことがある人も少なくないのではないか。
私にも少なからずそういう思いをした経験はある。
「裏表のない人」というのは理想的な人物像のように言われがちだが、裏がないと表もない気もする。
少しぐらい「裏の顔」がないと人間らしくないとも思う。
この作品を読んでいて、「自分が死んだあとにこんな風に疑われたらさみしいだろうな~」と思った。しかし、故人の気に入っていた言葉を読んだときに、「違う。これは故人の望んだことなんだ」とスッキリした。
「人は二度死ぬ。一度目は肉体が死んだとき。二度目は生きている人の心の中から消えたとき。」
自分の葬式で、思わぬ疑惑が生まれ、7人が集まることがどんな意味を持つのか。
この一日があったから、7人は死ぬまで故人のことを一生忘れない。
生前いつも人のために一生懸命尽くしてきた故人に対する一番の贈り物になったのだ。

最近、読み終わってもモヤモヤするミステリーのことを「イヤミス」と呼び、人気もあるらしい。
私はそういうミステリーも好きだが、本作のように舞台を見ているようなテンポと、「実は」がちゃんと描かれてスッキリ読み終われる小説も大好きだ。
ミステリーは好きだけど、ちょっと気持ちよく読み終わりたいときはぜひおススメ。
私はさっそく著者の別の作品を探そうとワクワクしている。

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