ザ・年末年始

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きぬえ宣伝社のコラムライフハック
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クリスマスがまだ終わっていないのに、自分も周りもそろそろ今年を終わらせるための後始末と新しい年を迎える準備でソワソワしている。
日本ではクリスマスがキラキラした楽しいイベントというイメージで、正月は家でゆっくり家族と厳かに過ごすというイメージが大きい。
海外では逆で、クリスマスを家族と厳かに、ハッピーニューイヤーは賑やかという過ごし方なのではないかと想像する。

私の家は母が一人っ子で、父は9人兄弟の末っ子。父の実家は静岡だし、何より父は婿養子だったので、周りの友達は親戚の家で大勢で過ごす子が多い中、わが家の年末年始は両親と私たち姉妹の4人で静かに過ごすのが恒例だった。
まずは大晦日。この日の朝刊には、必ず紅白歌合戦の曲順や、出場者の衣装などが書かれた表が入っていて、毎朝起きたら父と一緒にその表を見て、「この人の時は観たいからチャンネル変えないでね。」と私の観たい出場者の名前に〇をつける。父は私が聞くような歌謡曲はあまり聞かないので、言っておかないとすぐにチャンネルを変えられてしまうので、この作業は必須。合わせて父はテレビにマイクを繋げて必ず3曲歌うという課題を私に与えていたので、歌う曲もこの時に決める。本当は妹にも「ほら、お前も3曲決めろ。」と言うのだが、妹は一度も選んだことはない。なので「お前は毎年ノリが悪いな。」と、父と妹の間にはなんだか微妙な空気が流れるというのも恒例。

そうして夕方ぐらいから早々にオードブルを広げて宴会が始まる。オードブルや刺身やつまみ的なものをテーブルいっぱいに並べたら、ここからはもうみんなこたつに入って、飲んで食べてゴロゴロして、もう気分は正月だ。当時は大晦日の夕方にレコード大賞をやっていて、大賞を取ったアーティストは紅白のオープニングに間に合わないという流れ。大賞を取るアーティストはだいたい紅白にも出場するようなその年の人気歌手なので、そのドタバタした感じも私は生っぽくて好きだった。そうして紅白が始まるころには父は酔っぱらってウトウトしており、朝から入念にチェックしていた番組表もあまり役に立たないぐらいチャンネル権は私たちが握っていられることが多かった。そうして父が本格的に寝てしまったら、3曲選んだカラオケ大会も中止となる。酔いが浅くて、父がちょいちょい起きたりするときは「おい、これお前歌うやつだろ。」と言われるので歌うときもあったりする。
紅白の後半はだいたい演歌歌手が続くので、ここで私たちこどもの仮眠タイム。エンディングのころに「赤か白か、どっちが勝つか決まるよ。」と母に起こしてもらって、勝敗を見届け、1月1日の12:00ちょうどに年越しそばを食べる。母はちょうどそのタイミングで出せるようにそばの用意をしてくれていた。夕方からさんざん食べては寝てを繰り返すので、あまりお腹はすいていないのだが、これだけはちゃんと食べないと怒られた。

正月の朝は、ゆっくり起床。起きたらまずは朝風呂に入る。一番風呂は父と決まっていたので、父が起きてくるまで風呂に入れないので、早く起きてもしょうがない。わが家の正月は風呂に入らないと他のことが何も始まらない。
そうして、全員が朝風呂を済ませて、おとそを飲む。こどもたちは一口舐めるだけ。そうしてみんなで「明けましておめでとうございます。」の挨拶が済んだら、父からお年玉が渡される。私たち姉妹はとしごだったので、金額の差が気になるところ。それ次第で正月のテンションが決まるようなこともあった。
それからお雑煮や黒豆,なますや煮物などの正月料理を食べながら、父は飲み始め、私たちはテレビの正月特番を見ながら、朝ごはんなのか昼ごはんなのかわからないままだらだらと料理とお菓子を食べる。
昼を過ぎたころ、正月的なゲームをするのもお決まりだった。
まずは福笑い。それからすごろく。当時買ってもらっていた子供用雑誌のふろくを使って遊んだ。オセロや将棋も。将棋はわたしたちは分からないので、山崩しとか周り将棋しかできないのだが、それらを家族4人でやった。遊んでるうちに必ず父はお金をかけようと言い出す。お年玉をもらっている私たちも少額ではあるが、かけなくてはいけない。「じゃあ、やらない。」と言っても「お前たちが勝ったら、倍にして払ってやるから。」と、酔った父にそれ以上逆らったら、必要以上に怒られると思い、楽しいはずのゲームの時間がなんかピリピリした緊張感で微妙な感じになる。
とはいえ、終われば私たちの負け分は返してくれるのだから、最初からお金などかけないで遊べばいいのに、父は「お金かけないとつまらないだろう。」という人だった。
ちなみに母が負けた分は父に払ったまま。最終的に父が母からお年玉的なお金をもらって終了する。(母はこの手のゲームは苦手で、まず勝つことはない。)

ゲームをしながら、昼過ぎぐらいになると、郵便受けに何かがコトンと落ちる音がする。
年賀状だ。そうするとゲームは中断される。たいていは私が取りにいって、父や母に来た分と私の分、妹の分を仕分ける。自分たちの分を読んだら父に見せなければならないという謎の決まり事があり、父に見せると、「この子の年賀状はおもしろい。」とか「この子のは気持ちがこもってない。」とか「この子は字がきれいだな。」とか審査員のように一枚一枚チェックした。
それから、自分が書いていない子から来た年賀状に急いで返事を書き、ポストに出しに行く。
ひととおり終わると父は酔っぱらって昼寝。わたしたちもあとはグダグダ寝たり起きたり、食べたり飲んだり。

1月2日。この日は朝ごはんを食べたら書初めをする。
小学校では冬休みの課題に必ず書初めがあったので、その課題のものを一枚と、その他にその年の目標ややりたいことを書いて、机の横に貼る用に一枚。
ここでも父のチェックは必ず入る。母は昔、書道を習っていたらしく、お手本は母が書いた。
何度か書き直しをさせられ、やっと2枚書き終わると、もろもろの正月の決まり事はすべてクリアとなる。
2日の昼過ぎにはもうダラダラするのも飽きてきて、近所の子たちと遊びに行きたくなるのだが、わが家は正月3日が過ぎるまで、遊びに行くのも、買い物に行くのも許されなかった。
正月はダラダラできるし、おいしいものもたくさん食べられるし、親もたくさん遊んでくれるし、正月が来る前まではすごく楽しみなのだが、毎年2日の昼過ぎには「暇すぎるのもツライな。」と思うのだ。

現在のわが家の年末年始。
その年の最終週ぐらいに夫と大掃除。それ以前に少しずつ私が掃除をしておくので、大掃除としては、私がキッチン周りを、夫が高いところの掃除をそれぞれ担当する。
昼ぐらいに買い残した正月食材や酒類の買い出しに行き、夫が煮物などの正月料理の下ごしらえをしてくれて、それが終わると早々とお酒を飲みながらテレビを見たりしながら、その年にあったことやなどを話しながら一年を振り返る。
紅白歌合戦を見て、途中で年越しそばを食べ、お風呂にも入り、だいたい日付が変わる前に私は寝てしまう。
正月の朝はいつも夫の方が早く起きて、風呂を沸かし、正月料理を用意してくれるので、私は起きたらまず朝風呂に入り、次に夫が入り、夫が用意してくれたお雑煮や煮物を食べながら朝からお酒を飲む。2人でテレビを見たり、普段はやらないテレビゲームをしたりして、飲み食いしながら過ごす。ちょっと昼寝なんかもしつつ、夜ご飯からは通常に戻す。
年齢的にも不摂生をあまり続けると、胃腸の調子も悪くなるし、時間ももったいないと感じるようになった。
2日は朝早く起きて、ご飯を食べる前に神社へ。開門とともにお参りをし、毎年決まったお守りを買って、前年のお守りを返して、おみくじを引いて早々と帰宅し、朝ごはんを食べる。
そこからその年の通常運転開始。

どの一年も何もなかったということはあり得ない。
辛い事も楽しい事も、悩んだ事も、怒った事も、泣いた事も、それぞれの一年で必ずある。
その一つ一つがその一年の塊。
とにかく一年、多くのことから学んで、多くのことを乗り越えて、無事に終われることに感謝して、また新しい年を迎えられることに感謝して、大切に過ごそうと改めて思う。
さあ、今年一年をきれいに終えて、新しい一年を迎える準備を始めよう。

この記事を書いた人
きぬぶん

◆サイトの運営責任者
◆きぬえの宣伝社 代表社員
◆不定期でコラムなどを執筆中

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