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学びは終わらない

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きぬえ宣伝社のコラムライフハック
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私は高校受験が終わって、合格発表の日に今まで使っていた教科書や参考書、問題集などをきれいに捨てた。
「高校に入ったらテスト勉強も進級できる最低限の点数を取れればいいし、もう死ぬまで一生懸命勉強なんてしない!しなくていいんだ!」と思って、すごく自由になった気がした。
今になって考えると、それから先の方が高校受験よりももっと大変で、必死に勉強しなければいけないことが多かったが、そのときの私は大人になれば勉強しなくていいと思っていて、「大人はテストもないし、勉強しなくていいんだ。」と羨ましいとさえ思っていた。
あの頃の私に「大人になってもずっと勉強は続くんだよ」と教えてあげたい。

小学生に入ったとき、学校で授業を受けて、勉強をするようになったときから、私はいわゆる文系の方が得意だった。そのころから夜ご飯のあとに必ず字を書く練習をさせられていて、習字をやっていた母に見本を書いてもらって、同じ漢字を10回ほど書く。それを父に添削してもらって合格したらお風呂に入る。
当時はすごくめんどくさくてイヤだったが、そのおかげで小学校に入ったときから「字のきれいな子」と認識してもらえた。
反面、算数は苦手だった。一番最初につまづいたのは引き算だった。
指を使わないとわからないし、それも5以上(指を折りながら数えたときの折り返し地点)で混乱する。父と母に粘り強く説明してもらってやっと理解して、次につまづいたのは割り算。足し算や掛け算は比較的すんなり理解できたところをみると、なぜか数が少なくなる系の計算が苦手だったのだろうか。
でも、苦手な算数も一度理解できたら、うれしくて同じような問題を何度も繰り返して解いて身に付けていた。
夏休みや冬休みの宿題は休みが終わるころに慌てて片付けるということは一度もなかった。
子供の時から計画を立ててやらないと落ち着かない性格だった私は、まず夏休みに入る前に宿題が配られたらタイムスケジュールを作ることから始めた。
まずは一日のタイムスケジュール。朝起きてから夜寝るまでの一日のスケジュールを組む。次は休み中の日数と出された宿題を組み合わせて、一日で何をどこまでやるかを決めていく。
そして、結局少しずつ前倒してやっていくので、休みの半分を過ぎた頃には宿題は終了していた。
(絵日記も前倒して書いていたため、母に明日の予定を聞いて未来の日記を書いていた。)

中学校に入ってもこの体質は変わらず、テスト前の勉強をするのもまず最初にスケジュールを組んでからやっていた。ただ少し変わったのは教科ごとに先生が変わるようになったので、その先生の傾向を考えるようになった。「この先生は教科書の問題をそのまま出すから、教科書の例題だけやっとけばOK。」とか「この先生はここはテストに出るぞって言ったところを必ず出してくるからそこだけやっとけばOK。」とか。
そして中学校3年生。高校受験の年。けっこう効率よく勉強していてもだからといって成績が抜群によかったわけではなかった私は、レベルでいうと中の上ぐらいの高校の商業科を受験した。
推薦枠には入れなかったので、普通受験。心配性で慎重な性格だったのと、周りの友達がみんな塾に通いだしたので、焦って私も母に無理を言って塾にも通った。
今までどおり、受験勉強の際もタイムスケジュールを作って進めた。
私は朝方だったので、朝3時から4時ぐらいに起きて勉強して、夜は10時ぐらいに寝ていた。
夜はテレビとかの誘惑に負けてしまうし、遅くまで起きているとお腹も空いてくる。
何より私は朝の方が集中力を保てる体質だったようで、朝の方がスムーズに勉強がはかどった。
勉強してからの朝ごはんも美味しかったし。
そんな感じで無事に高校受験を終えて、合格して、「もう二度と勉強しなくていいんだ!」という解放感に包まれた。
二度と一生懸命勉強しないはずだったのに…。

商業科のある高校に入学した私は、必須科目は予定通り必要最低限しかしなかった。
でも専門科目の簿記や情報処理、特にワープロにハマった。
今ではたぶんパソコンの授業で集約されているのだろうけど、そのときは情報処理の授業でExcel、ワープロの授業でWordを習うという感じだった。
計算式を作ったりする数学の要素のある情報処理はあまり得意じゃなかったが、とにかくタイピングが楽しくなってしまった私は、学校で使っているワープロと同じメーカーのワープロを親に頼んで中古で買ってもらい、テレビから聞こえてくる会話をそのままタイピングしたり、好きなアーティストのCDについている歌詞カードをひたすらタイピングしたりとか、家にいる間ほとんどキーボードを叩いていた。
そんな私はワープロのタイピングの速さだけは周りの誰よりも早くなり、授業でみんなとタイピングの練習をしてもかなり早く終わってしまうため、最終的に私は時間を測る係に当てられた。そしてワープロ検定1級に、開校以来最速で合格した。
高校2年生の後半から、友達とのトラブルや無理なダイエットからの体調不良で、あまり学校に行かなくなったが、卒業できるギリギリの出席日数をクリアしたのと、周りの先生たちが協力してくれて大手の事務職に内定が決まった。

いよいよ勉強しなくていいと思っていたが、逆だった。
就職してからの方が、学生のときよりもわからないことや、覚えなければいけないことが山積みだった。仕事の業務的なものから、社会人として生活していくあらゆることを学ばなければならなかった。
アパレルに就職したときは、衣服の素材やジーンズの種類や特徴、裾上げもできるように練習したりした。
携帯販売をするようになったら、携帯メーカー各社の料金プランや、機種の特徴、サービス内容を覚えて、売り場のディスプレイにも頭を悩ませた。
そして、接客業ならお客さんに対する態度やアプローチの仕方、接客業に限らずどんな仕事でも仲間とのコミュニケーションや、上司との接し方など、数えきれない課題たち。
このときにやっと私が今まで何も考えずに、周りに甘えて、自分中心で生きてきたのかということに気付いたが、若い頃はそれでも自分が悪いわけじゃない、まわりが教えてくれなかったから、そのころはそれで通用したから………そうやって過去の自分を肯定して、そのときの自分を許した。
今は、そういう過去の自分を認めた上で、いろんなことを学んで、自分という人間を上書きしたいと考えるようになった。
そうすると学ぶことが楽しくなってきて、興味のある資格を取るためだったり、自分の趣味や楽しみを増やすためにあらゆることにチャレンジできるようになってきた。
通信で調剤薬局事務の資格を取ったり、職業訓練で医療事務の資格を取ったり、字がきれいになりたいと思って、硬筆検定を受験したり、夫の勧めもあってフラダンス教室に行ったり。
今また新しい資格取得のために勉強を始めようとしている。

昭和に生まれて、平成を駆け抜け、令和を生きる私たち世代。
「氷河期世代」だったり、「失われた世代」などと呼ばれて、政府も私たち世代の救済策などを考えているようだし、なんだか「かわいそうな世代」というイメージだが、私はけっこう貴重な経験をしたのではないかとも思う。
元号が変わるということだけではなく、今まであったものがどんどん新しく変化し、多くの新しいものが次々に生まれ、みるみるうちに自分が子供のころにあったものは姿を消し、ちょっと気を抜いたら時代から、周りから置いて行かれそうになる。
「私には今のものはわからないから」と逃げていると、自分の生活が不便になることもある。

産まれたときからコンビニがあって、ファストフード店があって、トイレは座ってするもので、わからないことはパソコンやスマホで簡単に探せる現代人にはできない経験を私たちはしてきた。
私たちはきっと自分たちが思うより順応力はあるはずなのだ。
自分の全部をそういった新しいものに合わせるのではなく、自分の豊かな生活のために必要なもの、その取捨選択をして、覚えた方が自分にとって良いと思うことは学んで自分のものにしていけばいい。
確かに若い頃よりは覚えるのも、身に付けるのに時間がかかるものも多いが、そうやって努力して手に入れることができたら満足感はさらに高い。
学ぶことでそんな満足感を得られるのであれば、学ぶことを続けていこうと私は思う。





この記事を書いた人
きぬぶん

◆サイトの運営責任者
◆きぬえの宣伝社 代表社員
◆不定期でコラムなどを執筆中

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