シロウと小シロウ

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きぬえ宣伝社のコラムライフハック
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私がYouTubeでよく視聴させていただいている女性が、先日ご自身のお父様について話していた。
その女性は何年か前に札幌に移住されてきた方で、それまでは東京でバリバリ働いていたらしいが、おそらくいろいろなことに疲れて、一度観光で来られたときにとても気に入ったらしい札幌に、夫とペットのワンちゃんと共に移住してきた女性。
去年お子様も産まれて、普段はYouTubeで日常の穏やかな毎日を、優しく丁寧な語り口調で、その女性がお笑いが好きなだけあって、絶妙なユーモアも含めながら配信されている。
ある日、「今回はちょっと暗めな内容になってしまうかもしれない」と前置きして語ってくれたのが父親の話しだった。
その女性の父親が、がんに侵され、余命1年ほどだと連絡がきたのだそうだ。
それなのに、その連絡を受けても驚きはしたものの悲しいという感情がわかなかったとのこと。

その女性の父親は、母親に暴力を振るったり、家にお金を入れなかったり、浮気をしたり、それなのに料理の品数に文句をつけ、ケンカで血まみれになって帰ってきたりしたそうだ。
スナックの女性に大金を貢いだりしたこともあったらしく、母親は精神的に限界になり、それを支えようとしたその女性自身もまた、精神的にダウンしたりもしたと。
本当は父親が病気になったと知れば、もっと心配したり、少ないながらも感謝の気持ちがうまれるのかもしれないのに、自分は全く悲しくないと語った。
そんな自分をひどいと思うと。
そして、ご自身の旦那様の優しさに触れ、感謝の気持ちとともに、「どうして父は夫のように愛情を与えてくれなかったのか」と虚しさや悔しさを感じてふさぎ込んでしまった。
旦那様の愛情をめいっぱい受けている我が子をみて「うらやましい」と思ったりもすると。

この配信をいつものように夫と二人で見ていて、夫から「この父親、なんかどっかの誰かにすごい似てない?」と聞いてきた。
私も最初からずっと思っていたから、「ね、シロウだね。」と答えた。

シロウとは私の父親。夫と父の話しをするとき、私たち夫婦は彼を「シロウ」と呼んでいる。
そしてそのシロウに溺愛されていた私を「小シロウ」と夫は言った。
シロウはその女性のお父様に負けず劣らず破天荒で、ハチャメチャな人だった。
私がお腹にいる頃に母が熱を出し、家事を休んで横になっていると、「何寝てんだ!」と出産を控えた母のお腹を思い切り蹴とばしたのだそうだ。(のちに祖母から私の頭がちょっとボコボコしてるのはそのせいだと言っていた。)
完璧と言っていいほどの亭主関白で、ご飯はシロウが箸をつけるまでは誰も食べられなかったし、テレビのチャンネル権も、おかずにつけるもの(醤油やソースなど)の量や付け方も、すべてシロウが決めた通りにしなければいけなかった。
料理人だったシロウは、人に雇われることを嫌い、何度も店を出しては潰した。
それも当然なことで、競馬やパチンコに行くときはレジからお金を持って行ってしまうし、店の定休日なんておかまいなしに、好きな時に休み、営業中も座敷に寝転がって、客が来たら「よっこいしょ」と起き上がる始末だったのだから。
もともと接客業が好きではなかった母は「店をやっても絶対に手伝わないから。」と言っていたが、そんな約束は果たされることはなく、ほとんど毎日手伝わされ、私たち姉妹は二人で夜遅くまで留守番をさせられる毎日だった。
結局自分の店を成功させられず、嫌でも誰かに雇われて働かなくてはならなくなり、レストランや給食センターで働いたが、大抵上司とケンカをして辞めてしまった。
母と離婚し、母が倒れて、そして母が亡くなって、私たち姉妹はとっくに家を出ていたので、生活保護を受けていたシロウはすべてを自分でやらなくてはならなくなった。
洗濯機や掃除機の使い方もわからず、自分の着るものがどこに入っているのかもわからない状態。幸い、料理人のシロウはご飯を作ることはできた。だが、一番の問題はお金の管理ができないことだった。
生活保護の受給日と、水道光熱費や家賃の引き落とし日、いくら銀行からおろしていくら使えるか。
そういうことが全くできないシロウにそれをやってもらうのが一番大変だった。
いや、無理だった。だんだん私の職場に「お金がない」「お金をおとした」などと電話をしてくるようになった。仕事中に何度も。
入金するまでしつこくかけてくるので、「来月、生活保護が受給されたら、ちゃんと私に返す分のお金を用意できる?どこかでその分を切り詰めて返せるなら今回だけ送る。」と送金した。
そして予想通り、シロウに貸した金は返ってこなくなり、当時は付き合っていた今の夫に協力してもらい、シロウのお金の管理をすべて私がやることになった。
同時に、毎週弁護士のところに連れて行き、闇金から借りていた借金の問題を解決してもらい、私にお金の管理を任せながら自分で生活できるように、アドバイスを受けていた。
夫は毎週シロウの送迎につきあってくれ、シロウがこっそり私に「タバコ買ってくれ」とか言ってきたときに「そういうのは僕に言ってください」と私とシロウの間に入ってくれた。
その生活は長く続かず、「俺の金を勝手にどうしてるんだ!」「返せ!」とまた職場に何度も電話をしてくるようになり、私は精神的に疲弊した。
「もうわかった。じゃあもう全部自分でやりなよ。親子の縁を切って私に一切連絡できなくなってもいいなら、全部自分でやって一人で生きていきな。」とシロウに言ったら、「おう。それでいい。」と。
夫とお世話になっていた弁護士の先生のところに行き、絶縁状を作成してもらい、シロウに印を押してもらい、ガス代や電気代、家賃などすべて私の名義に変えたものもすべてシロウの名義に戻し、携帯も変えて、シロウとはそれから今まで連絡を取っていない。
すごく虚しくて、悔しくて、涙が止まらなかった私に、夫はずっとそばについていてくれたし、「間違っていない。」と私のどうしようもない後悔のような気持ちを鎮めてくれた。
10年ほど前に、住民票などをたどって、シロウの消息を調べたことがあった。
もう会うことはないが、生きているか死んでいるかだけ知りたくなった。
きっかけは実家の団地の部屋が表札もなく、ドアにガムテープが貼られて、もぬけの殻になっていたのを見てしまったからだった。
調べた結果、その時はまだ生きているみたいだった。
内科と精神科が一緒になっている病院にいるらしかった。
何年も病院にいるっぽかったので、おそらく精神科のほうだろう。
また、後悔や心配な気持ちが湧いて、今のうちに会いたいとでも思うかと思っていたが、違った。
そう、冒頭に話した女性と同じような気持ちになったのだ。
「ああ、そうか。自業自得だな。病院にいれば孤独死にはならないな。」ぐらいしか思わなかった。
そして、私も「自分て冷たいな、実の父親なのに、ひどいな。」と思った。
だから、この女性の配信を見たときに、シロウの破天荒さもさることながら、彼女の今の心情が当時の私と重なった。そして夫に対する気持ちも。


この配信の最後は、夫への感謝と、「人は愛情に満たされると、愛情を誰かに与えたいと思う」という気持ちを語り、ご自身も誰かにそれを与えられる人間になりたいという前向きな言葉で締めれらていた。私は心から安心して、「私もそうありたい」と思った。
シロウは産まれてきた時代を間違えたのだと、夫に言われたことがある。
子煩悩だし、良くも悪くも素直な人だ。
少なくてもいいから最低限の生活費を稼いでくれて、暴力を抑える理性を少し持っていてくれたら、きっと破天荒だけど、素直で、私にとっては「大好きなお父さん」でい続けたはずだった。
今でも、全く思い出さないわけではないし、夫もシロウの話しをするなということも言わないし、むしろ笑い話として「シロウと小シロウ」のエピソードを聞いてくれる。
自分の中の罪悪感や、自分を責める気持ちも無くなることはないが、自分の出した結論が間違っていたとは思わない。
その時、シロウを突き放すことが、自分にとってもシロウにとっても最善だと思った。
それが私が選んだ最善の親孝行だったと信じている。
そしてそんなシロウが自分の父親であることは変わらないし、可愛がってもらったことも、大好きだったことも変わらない。

その女性は今度、その父親に会いに行くらしい。
会ったらどういう感情になるかわからないと話していた。
その時どんな感情を抱いても、どれも間違いではないし、悪くもない。
ただただ、自分自身を否定せずに、父親との最後の時間を過ごしてもらいたいと願う。


この記事を書いた人
きぬぶん

◆サイトの運営責任者
◆きぬえの宣伝社 代表社員
◆不定期でコラムなどを執筆中

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