傲慢と善良
「あの本、読みました?」
木曜日の22時から放送しているテレビ番組。
読書好きとして知られている鈴木保奈美がメインMCを務める読書エンターテイメントです。
人気作家をゲストに迎えたり、鈴木保奈美が本屋を巡ったりして「本」との出会いをくれる番組で、私もこの番組を通して、「この小説おもしろそう」とか、「初めて聞いた作家さんだけど興味あるな」とか、何かと参考にさせてもらっていて、今回紹介する「傲慢と善良」もその一つ。
この番組で紹介されているのを見てからずっと読んでみたいと思っていました。
今回はそんなテンションで読んだ一冊をご紹介。

「傲慢と善良」は、辻村深月による日本の恋愛小説。2019年3月に刊行され、2022年9月に文庫化されました。2019年度には「第7回ブクログ大賞・小説部門大賞」を受賞、2020年にうつのみや大賞を受賞、2024年10月時点で累計発行部数が100万部を突破するベストセラーで、同年には映画化もされています。

仕事も恋愛も順調だった西澤架は、マッチングアプリで控えめな女性・坂庭真実と出会い交際を始める。しかし一年たっても結婚に踏み切れず、その後ストーカー騒動を経て婚約するも、直後に真実が姿を消してしまう。(ウィキペディアより)
このあらすじからしても、基本的にこの小説は恋愛小説です。
でも、真実が姿を消してから架が真実を探す過程で彼女の過去や嘘に直面し、自分自身の本質にも気付いていくあたりはミステリー小説の要素も含んでいます。
しかし、この小説は「恋愛小説」であり、「ミステリー小説」だと、簡単に括れないと思いました。
それはこの著者の魅力でもあるのですが、登場人物の心理描写がとても丁寧で、どの人物にも共感するところがあったり、「なんか身に覚えのある感覚」が生まれます。
そして最初は架の考え方が「傲慢」で、真実の考え方が「善良」のように描かれているのに、少しずつそれが混ざり合い、そして逆転していくように思えてくる感覚。
何が「傲慢」で何が「善良」なのか、それは自分が今まで(特に若い頃)に考えたことがあるようなこと、自分でも経験したような感情を巻き込みながら答えを見つけるように読み進めます。
結婚に対する考え方、自分に対する周りの評価、今では珍しくない婚活アプリのイメージの持ち方、いろんな場面でどれが「傲慢」で「善良」なのか。
無条件に与えられた環境の中で、無意識に出来上がっていた「当たり前」や「正解」のもろさと、恋愛や人間関係の中で選ぶことや選ばれることや、自由であることと安心できる場所についてどう考えるか、そんな問いを突き付けられているように感じます。
一見すると「善良」に思われる人間が見せる「傲慢」を、そして「傲慢」と思われる人間の中にある「善良」をとても緻密に描写しています。

自分が若かったころに、恋人や友人に抱いた感情。
結婚を考えたときに自分の中にあった「条件」のようなもの。
自分が相手につける評価と、自己評価。
どんな場面でも「傲慢」と「善良」は背中合わせになってチラチラと姿を見せながら、自分の納得いくように、自分の中で無意識に正当化してその姿をうやむやにしていたのではないでしょうか。
そして、それは誰にでもある無意識な不安の解消法であり、不安からの回避なのかもしれません。

あなたにもないでしょうか。
「大変そう」「幸せそう」「楽しそう」「寂しそう」…。
無意識に自分の中のものさしで物事を判断してしまうこと。
そしてそのものさしはそれぞれ長さも大きさも違うのに、自分が持っているそれがすべての正しい基準のように扱って、それが正しいと決めつけてしまうこと。
たとえば「結婚相談所」や「婚活アプリ」などについて考えたとき、少なからず「最後の手段」というイメージを持ったりしたことはないですか。
それはもしかしたら場合によっては「最初の手段」なのかもしれないのに。
「結婚」を考えたときに、どうしても女性には「タイムリミット」のようなものを感じてしまうことがある。たしかに女性には「出産」という問題が大きく関係してくる以上、考えないというのは難しい。
でも、それは「結婚すること」に対する問題ではないのではないでしょうか。
「結婚」そのものには「タイムリミット」などないのだから。
作中の登場人物の言葉がとても印象深い。
「現代の結婚がうまくいかない理由は、傲慢さと善良さにあるような気がするんです。
傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう、不思議な時代なのだと思います。」
育った環境、特に親との関係性で人の性質は大きく左右されます。
「善良」と言われる人の多くは「誠実」で「真面目」。そして「自分で決められない」「自分がない」。その印象は誰のどのものさしで測ったものなのでしょう。

最近、「イヤミス」という言葉をよく耳にします。
ミステリー小説のジャンルの一つで、読んだ後に「嫌な気分」になったり、強い後味の悪さが残る作品を意味するものです。
特徴として、人間のエゴや嫉妬、悪意、心の底に潜む醜い心理をえぐるような作品で、なんとも言えないモヤモヤが残る反面、高い中毒性があり、不快だとわかっていても先が気になる展開で、読む手が止まらなくなるという類の作品。
私が読んだミステリー作品にもいくつかこれに当てはまる作品はあったし、確かに続きが気になって一気に読んでしまうものが多いです。
でも、個人的には私はこの手の「イヤミス」よりも、きちんと解決して、ハッピーエンドではなくてもきちんとすっきり終わる作品を好みます。
今回の「傲慢と善良」も実は読んでいて途中までは「イヤミス」系かと思っていました。
でも、最後まで読んだとき、きちんとすっきりした気分になれる作品でした。
いろいろ考えたり、自分と重ねたりしながら、読む手が止まらなくはなりましたが、いわゆる「イヤミス」とはちょっと違った読後感を持ちました。
この感じもこの著者の特徴なのかもしれません。
文庫版の解説を書いている朝井リョウによれば、この作品に登場する脇役たちが主人公の作品も文庫化されているようなので、ぜひ探して読んでみたい。

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