ドラマで再発見した「団地」の魅力とこれからの暮らし
最近、夫と見たドラマで面白かったものが、2025年4月から放送されていた「しあわせは食べて寝て待て」と、2024年9月からBSで放送され、2026年7月から地上波で再放送され「団地のふたり」。
たまたま二つとも団地がテーマのドラマだ。
「団地のふたり」は、50代で独身の幼なじみ二人が、昭和の古い団地で気楽に支え合いながら暮らす、温かくユーモラスな日常を描いた物語である。
こちらのドラマもまた、平凡な日常の中にある、心地よい距離感の友情が描かれていて、見ているとほのぼのと温かくなるようなドラマだ。
この二つのドラマに共通しているのが「舞台が団地である」という点である。
両方ともNHKで放送されたドラマであり、日常の暮らしの中にある幸せを描いているのも共通しているところだが、その柔らかい幸せが団地での暮らしの中にある。
たまたまこの二つのドラマを見たからか、少し団地の暮らしについて考えた。
私は産まれたときから、田舎の団地で暮らしていた。
その頃の団地は、水洗トイレやダイニングキッチンといった近代的な設備を備えた「誰もが憧れる最先端の住まい」として爆発的な人気を誇っていたそうだ。
しかも私たち家族が暮らしていた道営住宅は、日本住宅公団(現在のUR賃貸住宅)が建設した団地に比べて家賃が安く、低所得者やファミリー層にとって「手の届く近代住宅」として憧れの的となり、募集がかかると応募が殺到し、抽選倍率が数十倍から100倍を超えることも珍しくない「超高関門」だったらしい。
私が産まれる少し前に、父がその抽選を当てたらしい。
当時の団地には今では信じられないほどたくさんの子供たちが溢れていた。
まさに「第2次ベビーブーム」と重なっており、団地は子供たちの巨大なコミュニティとなっていた。
団地の敷地内には公園や広場が整備されていて、車が来なくて安全に遊べる天国だった。
学校が終わると、その公園に何十人もの子供たちが集まり、鬼ごっこや砂遊びなど、暗くなるまで遊んでいた。
暗くなってくると、窓から母に声を掛けられ、「また明日ね」と帰っていく。
この頃から少しずつ共働きの親が増えて、「鍵っ子」という言葉が生まれた。
でも、団地内には同世代の友達が常にいたので、あまり寂しさを感じにくい環境だったように思う。
盆踊りやラジオ体操なども非常に活気があり、さらに団地のコミュニティを濃厚にしていた。
その繋がりは親同士にももちろんあって、当時はたまに上の階の部屋や、親同士が仲のいい人の部屋に遊びに行ったり、みんなで夜ご飯を食べたりすることもあって、あまり外に友達を作るタイプじゃなかった私の両親にとって大切な「近所のつながり」だったのではないだろうか。
私の記憶の中にも、昔のアルバムの中にも、当時の近所の人たちとの付き合いは、多くの笑顔とともに刻まれている。

そして現在、かつて子供で溢れていた団地は、「超高齢化社会」という大きな課題に直面している。それまでに一斉に入居した若いファミリー層がそのまま年齢を重ね、居住者の高齢化が極めて深刻だ。
エレベーターがない5階建てといった昭和の構造がそのまま残っている場合、足腰の弱い高齢者が上の階で暮らすのも難しくなるし、団地での孤独死も増加していて社会問題となっている。
同時に「少子化」に伴い、かつて敷地内の公園からあった子供たちの歓声が消え、静まり返っている光景も見られる。
これだけを見ると、団地の限界しか感じられないが、一方で団地特有のポテンシャルの高さ(敷地が広く日当たりがいい、緑が豊富、建物が頑丈など)が見直されて、最近では若者や子育て世代を呼び戻す取り組みも活発になっているという話しを聞いた。
UR都市開発機構(旧日本住宅公団)が無印良品やIKEAなどとコラボし、昭和の間取りを白基調のシンプルでモダンな空間に生まれ変わらせたリノベーション住宅が20代、30代の若者から支持を得ているのだ。
自治体が管理する市営住宅でも、予算を抑えつつ団地の間取りを現代風に変えて、断熱性能を大幅にアップさせた事例が「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」という賞を獲得して話題を集めている。
そして、最近多く見られるのが「外国籍の住民の増加」。
新しい「多文化共生」の場として模索が続くと同時に、地域の大学と連携して学生を格安で住まわせる代わりに、高齢者の見守りや団地のイベントの手伝いをしてもらう「多世代共生」のプロジェクトも全国各地で行われている。
「しあわせは食べて寝て待て」や「団地のふたり」といった団地を舞台にしたドラマもこのような取り組みの一助になっているのかもしれない。
私は幼少期から実家を離れるまで、ずっと団地で暮らし、その後は安い賃貸アパートをいくつか住み替えて、結婚した今は二人の城であるマイホームに暮らしている。
団地で過ごした幼少期は周りに子供がたくさんいて、遊び相手も、見守ってくれる大人もたくさんいて母が倒れたときも近所の人にずいぶん助けられた。
マイナス面を挙げれば、家の中で騒いだりできないことだった。大声を出せば聞こえてしまうし、走り回れば下の階の住民から天井をドンドンと突かれてしまう。
小学校で使っていた鍵盤ハーモニカや笛なども、時間を考えて使わなければならないし、ペットも飼えない。
クラスの友達の一軒家に遊びに行くと、部屋の中で思いきり遊べて、ピアノが置いてあって、庭には犬がいて、自分の暮らしとの違いを感じて驚いたし憧れた。
そんな話しを夫にもしていたからか、結婚後に家を考えたとき、マンションではなく一軒家を選択した。実際に家が建って引っ越したとき、賃貸ではない、正真正銘の「自分たちの家」という実感が湧いて感動を覚えた。
私たちは子なしの2人夫婦。自分たちサイズの家が気に入っている。家の前の遊歩道は春になれば桜並木が見られるし、秋になれば綺麗な紅葉も窓から見える。
近くの山々で常に四季を感じることもできるし、市街地から少し離れているので静かで住み心地もいい。冬の雪かきも今はいい運動になっている。
でも、どちらかが先に旅立ったあと、一人になったときのことをたまに考える。
私は車の免許がないので、用事があればバスを利用することになるが、最近ではバスの本数も少なくなってきていて、今後も減っていくかもしれない。
スーパーや薬局ぐらいなら歩いて行ける距離にあるが、まとめて買うのは難しいだろう。
雪かきも今は夫が中心にやってくれているし、自分でやるのも運動と思えばそんなに苦ではないが、年齢を重ねれば除雪機がないと厳しくなるかもしれない。
何より、一人になったときの寂しさと不安は多少ある。
そうなったときに、高齢者でも住みやすい団地があったら将来の暮らしの選択肢に入ってくるかもしれないと思う。
駅が近くて、近所の人たちとの繋がりがあり、一人でも寂しくないちょうどいい暮らし。
そんな団地が増えてくれば、同じような暮らしをしている私たち世代にとって少し安心材料になるのではないだろうか。
団地が舞台の二つのドラマ。「こんな団地なら楽しそうだな」と少し思える。
これからそんな優しい団地が増えてくれたら…理想論かもしれないけれど、そんなことを考える。

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