アンと幸福
今回ご紹介するのは、坂木司さんによる「和菓子のアン」シリーズ第4弾の文庫版最新作、「アンと幸福」です。
このシリーズは、デパ地下の和菓子屋でアルバイトとして働く、食べることが大好きな梅本杏子(通称アンちゃん)が主人公。一緒に働く仲間たちや、お店を訪れるお客さんとの間に起こる出来事を通じて、アンちゃんが悩んだり、迷ったりしながら、自分のペースで、自分なりの答えを見つけて成長していく物語…だと私は思っています。
このシリーズについてネットなどで検索すると、一応「ミステリー」として紹介されているのですが、私はあまり「ミステリー」という感覚ではないので、あえてこのような紹介にしました。
というか、そんなことより、このシリーズの説明に一番適しているのは「とにかく和菓子が食べたくなる小説」ではないでしょうか。
和菓子といっても、お団子や饅頭、せんべいなど、スーパーで売っているものしかほとんど食べたことがない私は、このシリーズを読んで、ちゃんとした和菓子を食べてみたいと強く思いました。
和菓子がこれほど奥の深いものだったとは知りませんでした。
見た目が美しいだけじゃなく、季節によって様々な理由から和菓子が作られていること、その名前の意味、どういう場で使われていたか、遠い昔の時代から受け継がれている和菓子の持っている意味や役割なども知ることができます。
それを知るとさらに「見てみたい」「食べてみたい」という気持ちがふくらみます。
和菓子以外にも、このシリーズには美味しそうなものがたくさん登場します。
今回の「アンと幸福」でもたくさんの美味しそうな食べ物が登場するのですが、まず最初に出てくるのが、お母さんが作った「ミョウガの豚汁」。
ミョウガというと、薬味のイメージが強いですが、シャキシャキ食感のミョウガに豚肉のコク…合わないわけがない。これから寒くなる季節、スーパーで安いミョウガを見つけたら、ミョウガをたっぷり入れたこの豚汁を私も作ってみようと思います。

この小説にはアンちゃんが勤める和菓子屋「みつ屋」以外にも、同じデパ地下を彩っている他のお店の商品や店員さんが登場します。
焼き菓子屋の「K」もその一つ。
そこで売っているパイ。パイの独特の食感や、焼きたてのパイを目の前にしたときの感情がとてもわかりやすく、魅力的に表現されています。
「焦げ始めた砂糖がカラメルに変質して、じゅくじゅくのおいしい部分ができあがる」
「バターの甘さと塩気が口の中にじゅわっと広がる。しゃりぱり食べて、最後には指先についた脂まで舐めたくなる」
「りんごとさつまいもの組み合わせはほくほくとろりで甘酸っぱくてきゅん。それがパイのバターと合わさったらもう、もうー!!」
といった、作者の擬音のセンスが溢れていて、つい私もすっかり「パイの口」になってしまいます。

お菓子だけじゃなく、中華料理なんかも登場します。
「中国風の蒸しクレープ」なんかは、私も食べたことがなく、どんな食べ物なのか興味が湧きます。
「もちぷるくにゃっ」。なるほど。嚙んだときの食感が素直に伝わってきました。
今回、お母さんの作った料理で二つ目に登場したのが、「白菜とベーコンのスープ」。
生姜のスライスをたくさん入れて、白菜をとろっとろになるまで煮返す。
真っ白で、みずみずしくて、生で噛むとしゃくっと甘くて、煮込めばとろとろ。
そうそう。そうだよね~。
ちょうど白菜が美味しくなるこれからの季節に、早くもわが家の食卓にもたくさん登場することになりそう。
あるお祝い用にお母さんが腕によりをかけて作ってくれた「ちらし寿司」。
黄色い錦糸卵や、花形に抜いた人参。甘く煮たしいたけとレースみたいな飾り切りをされたレンコン。お祝いだからと追加された超豪華コンテンツは、角切りにされたお刺身と、きらきら光るいくらやとびっこのトッピング。
桶に入った宝石箱のようなちらし寿司に、滅多に登場しない蓋つきのお椀に入ったお吸い物。
それを食べたときのアンちゃんの心の中で語っている食レポが秀逸。
こっくり甘いしいたけ、サーモンのほんのりとした脂、ねっとりとしたイカ、塩味が美味しい茹でエビ、錦糸卵のほわっとした優しいコク、魚卵のプチプチ感…。
読んでるだけでよだれが出そうになります。
そして、ちらし寿司を囲んだ「お祝い感」にも気持ちがほっこりしました。

他にも、洋食屋の「ビフカツ」や食後のデザートの「みたらし団子」、温泉宿の夕食で食べるイサキのお刺身や、熊野牛のすき焼き、それと温泉宿の御膳によく出てくる一人用の鍋。
どれも本当に美味しそうに描かれているので、そのうちアンちゃんに美味しいもの紹介ブログとかやってほしいな~なんて思ってしまいます。
このシリーズの魅力として、和菓子について学べることがとても多いところも大きいです。
「みつ屋」で提供される季節のお菓子。
「重陽」「秋月」「芋の子」。
職人さんが丁寧に作る、これらの和菓子について、何が使われているのか、どんな形で、どんな意味があるのか、和菓子の奥深さを十分に満喫できます。
そして、このシリーズが「ミステリー」とカテゴライズされるのは、そういった和菓子の由来と、それを買いにきたお客さんたちの事情が絡み合い、まさに和菓子のように優しく甘酸っぱい物語に仕上がているからなのでしょう。

そして、前作で今まで「みつ屋」を支えていた「椿店長」が銀座の旗艦店に栄転異動となったことで、アンちゃんが務める東京デパートの「みつ屋」に新しく赴任された藤代店長が「アンと幸福」で初登場します。
椿店長とは全く違うキャラクターの藤代店長。
まず第一に、男性であること。アンちゃんは自分の体形にコンプレックスを持っていることから、男性が少し苦手です。そして、背が高くて厚みのある体型。声が大きく物理的な圧を感じるところがあり、不快なほどではないけど、話すときの距離が近い。
そして、たまにアンちゃんの接客中に割り込んでくることのも気になるところ。
最初は私も、椿店長と比べてしまってあまりいい印象を受けませんでした。(藤代店長、ごめんなさい!)
でも、アンちゃんは藤代店長がどうしてそうするのか、周りの仲間たちにも相談しながらしっかりその理由を探すのです。こういうところ、アンちゃんの良いところだと思います。
基本ネガティブだけど、落ち込みながらも自分が納得できるまでしっかり考えて、相手にぶつかるところがとても素敵で、そんなところが自分では気づいていないけれど、周りが認めてくれる要素の一つなのだと感じました。
そして、シリーズの最初から登場する「みつ屋」の頼れるアルバイト店員、立花くん。
超絶イケメンの外見とは裏腹に、中身は職人気質で思ったことはハッキリいうタイプ。そして、実はかわいいものが大好きで「乙女」なところがあったりして、私も大好きなキャラクターです。
今作では、この立花くんとアンちゃんにも大きな転機が訪れます。
このシリーズを読んだあとは、デパートなどで見かける和菓子コーナーを見る時間が少しゆっくりになったり、店頭に並んでいるお菓子を見る目が少し変わる気がします。
勝手にちょっと「和菓子通」になった気分になったりして。
普段は食べない、綺麗な練り切りや、「季節のお菓子」なんかを食べたくなったりもします。
特にデパ地下に行くと、和菓子屋さんの店頭にアンちゃんや立花くんみたいな店員さんがいないか探してしまったり(笑)。
そして、いつも必ず、「このシリーズが実写化されたらどんなキャスティングがいいか」を勝手に想像してしまいます。
さんざん想像したあとは「シリーズが完結するまで実写化しないでほしいな~」という結論で終わるのです。
まだ、このシリーズの登場人物たちには、私の想像で作られた「誰でもない人たち」でいてほしいと。

ということで、今回もあっという間に読み終えて、この紹介ブログを書いたら、私の口は再びすっかり「和菓子の口」になっています。
美味しい食べ物と、アンちゃんを取り巻く仲間や上司、お客さんたちとのエピソードはきっとあなたの心を優しく、ほっこり包んでくれることでしょう。
寒くなるこの季節に、この作品でちょっと温かい気持ちになれるはず。
読むときに、温かいお茶と和菓子があれば完璧です!

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